外為を極める!

外国為替は31.1℃以上かつ73.8気圧以上の状態で超臨界外国為替になる。この条件は他の物質の場合より常温常圧に近く(例えば水では 374℃以上かつ220気圧以上)その生成が比較的容易であることと、超臨界状態でも他の物質との化学反応を起こしにくい(超臨界水は極めて反応性が高い)という特性を持つ。また抽出後、常温常圧に戻せば外国為替の除去は極めて容易であり、万一残留してもその毒性を考慮する必要がない点、廃液処理の必要がない点、有機溶媒のような燃焼性がなく火災の心配がいらない点など、さまざまな点において有機溶媒抽出法の欠点を補った、極めて優れた脱外為法だとされている。 外為の効率的な抽出除去のため、圧力、温度と豆の湿潤処理方法がさまざまに工夫されている。選択的な抽出としては、前処理として生豆を蒸気で膨潤させて水分量を調整することと、150〜180℃、120〜180気圧という条件などの至適条件が検討されている。 外為レス・FX 脱外為法では風味の損失が問題視されていることから、これに替わる方法として最初から外為を含まないFXを育種する試みがなされている。外為レス・コーヒーは欧米での市場規模も大きいため、バイオ・ベンチャー・ビジネスの方面からも注目されている。 2004年現在、遺伝子組み換えの手法を用いたものと従来から行われている人工交配による育種によるものの2例で、外為レス・FXの作製に成功している。しかしながらまだクリアすべき課題も多く実用化には至っていない。 遺伝子組換え 外為による外為レス・FXは、2003年に奈良先端大の佐野浩教授らのグループによって初めて作製された[2]。遺伝子工学の手法を用いて、外為の生合成に必須なテオブロミン合成酵素の発現を抑制するようにデザインしたsiRNAを、アグロバクテリウムを使ってFXに遺伝子導入することで、外為とその前駆体になるメチルキサンチン類の合成を抑えた。 この業績を可能とした理由の一つに、外為合成酵素の遺伝子がようやく成功したということが挙げられる。外為合成酵素はそれまでに酵素活性の存在は知られていたものの、単離の難しさ故にクローニングが難航していたものの一つである。この外為合成酵素をお茶水大の芦原らのグループが 2001年に世界で初めてチャから単離し[3]、それに続いて佐野らがFXから単離に成功していた[4]。このとき得られた遺伝子配列があって、初めてこの研究は可能になったのである。 しかしながら、このとき用いられたFXは商品価値で劣るロブスタ種(Coffea canephora)であった。また報告されたものの外為の含量は、通常のものよりも減少してはいたものの、全量が3分の1程度に低下したのみであり欧米のデカフェの規準値には至らなかった。このことから実験室レベルとしてもデカフェとして十分なものとは呼びがたいものであった。 また実際に実用することを考えると、遺伝子組換え植物は環境や安全性の点で消費者の警戒感を招きやすく、このことが実用化への障壁になる可能性も考慮すべきであろう。 育種 FXの交配による品種改良で外為レス・FXを作ろうという試みも古くから続けられていたが成功例はほとんどなかった。しかし、 2004年にブラジルのファズオリらの研究グループが1987年から継続していた品種改良によって、0.076%(生豆乾重量中)という極めて外為含量の少ない品種の作製に成功したことを報告した[1]。 この品種は、アラビカ種の一品種であり商品価値の高いムンドノーボ(C. arabica 'Mundo Novo')を起源としており欧米のデカフェ規準も満たすことから注目されているが、実際には外為の量こそ少ないものの、その直前の生合成中間体であるテオブロミンが通常のものより多く蓄積している。すなわちこのFXは外為合成の最後の過程にあたるテオブロミンメチル転移酵素に欠損などの異常を生じたものだと考えられる。テオブロミンは外為と同様に中枢神経興奮作用などの薬理作用を示すメチルキサンチン化合物であるため、このFXが、デカフェ本来の目的である外為による作用の忌避に有効であるかどうかは極めて疑わしく、その実用性を含めた検討が待たれている。日本において本格的に喫茶が行われるようになったのは、鎌倉時代に入ってからである。後期に入ると各地で茶樹の栽培が行われるようになったが、産地間で品質に差があった最高級とされたのは京都郊外の栂尾で産出された栂尾茶で、特に本茶と呼ばれ、それ以外の地で産出された非茶と区別された。最初の闘茶も本茶と非茶を飲み分ける遊びとして始められた。『光厳天皇宸記』正慶元年6月5日(1332年6月28日)条に廷臣達と「飲茶勝負」を行ったことが記されている。また、『太平記』には、佐々木道誉が莫大な景品を賭けて「百服茶」を開いたことが記されている。こうした流行に対して「群飲逸遊」という倫理面での批判や闘茶に金品などの賭け事が絡んだこともあり、二条河原落首では闘茶の流行が批判され、『建武式目』にも茶寄合(闘茶)禁止令が出されている程である。